「分散しているつもり」は、読者にも著者にも起こる
| 書名 | 世界の新富裕層はなぜ「オルカン・S&P500」を買わないのか 20代で純資産4億円をつくった超レバレッジ投資の極意 |
|---|---|
| 著者 | 宮脇さき(1997年宮崎県生まれ。UAE・ドバイ在住の海外不動産投資家/海外移住コンサルタント。YouTube「さきの海外不動産しか勝たん」を運営) |
| 出版社 | KADOKAWA |
| 発売日 | 2025年8月26日 |
| 判型 | 四六判/408ページ |
| 定価 | 1,980円(税込) |
| ISBN | 9784046075161 |
| 入手経路 | 資産運用イベントでもらったもの |
この本を受け取ったのは、中東の紛争で「一つの地域に資産を寄せる怖さ」を見せつけられていた頃だった。中身はまさに、その分散の話だった。
どこかの資産運用イベントでもらった一冊だ。どのイベントだったかは覚えていない。時期だけは覚えている。2026年の2月末に米国・イスラエルとイランの衝突が始まり、3月に入ってホルムズ海峡が事実上閉ざされた。ガソリン代の値上がりがニュースを埋め尽くしていた、あの頃だ。
著者の宮脇さきさんは、YouTubeで何度か見たことがある。海外不動産推し、それもドバイ不動産を激オシしているチャンネルの人だ。その印象が強すぎて、「オルカン・S&P500」というタイトルとなかなか結びつかなかった。
イベントに申し込んだ時点で、登壇する側も参加する側も、ホルムズ海峡が閉鎖されるなんて想像もしていなかったはずだ。運が悪かったな。それが読む前の、最初の感想だった。
読み終えてみると、この本には皮肉が二つ重なっていた。一つは読者である自分に向いたもの。もう一つは、著者自身に向いたものだ。
CORE THESIS(「オルカンか、S&P500か」の外側を見る)
この本が問題にしているのは、「オルカンかS&P500を積み立てておけば安泰」という考え方だ。インデックス投資そのものを否定しているわけじゃない。引っかかっているのは「とりあえずこれで大丈夫」という思考停止のほうだと思う。
ただ、タイトルだけ読むと「オルカンもS&P500も分散になっていない」と受け取られかねない。ここは自分なりに一度整理しておきたい。
オルカン 世界各国の株式に分散している。国や銘柄の分散はかなり効いている。ただし資産クラスは株式だけで、構成比は米国株が大きい。
S&P500 米国の大型株に絞った指数。国や市場の集中度は、オルカンよりはっきり高い。
分散投資 銘柄数を増やすことだけではない。債券、現金、金、不動産など、値動きの理由が違う資産を組み合わせるという考え方もある。
こう並べると、著者の言いたいことが見えてくる。オルカンが悪いのではなく、「株式だけ」「ドル寄り」という偏りが残ったまま、それで分散が完成したと思い込むのが危ない、という話だ。
問われているのは「オルカンを買うか、買わないか」の二択ではない。株式を資産形成の土台にしながら、ほかの資産をどんな目的で組み合わせるか。本書の芯は、この問いにあると思う。
⚠️ 著者の立ち位置の確認:著者は海外不動産のコンサルティングや移住支援を事業にしている人だ。本の中身はまっとうでも、発信全体としては特定の国の不動産に強く寄っている。その前提を頭に置いて読むと、書いてあることの受け取り方がだいぶ変わる。
本書の構成を3つのブロックで整理する
408ページとボリュームはあるが、ざっくり分けると3つのブロックになる。
ブロック1:問題提起 オルカン・S&P500だけに頼る危うさ。インフレと円の価値、米国への集中
ブロック2:新富裕層のポートフォリオ ゴールド、ビットコイン、海外不動産、アートなど、株式以外の資産をどう組み合わせるか
ブロック3:レバレッジと移住 キャッシュフローで返せる借入の使い方、住む国・資産を置く国を分けるという発想
ブロック1は、インデックス投資を長くやってきた人ほど耳が痛い。ブロック2と3は、著者自身の経験がそのまま土台になっている。トルコ不動産で痛い目にあった話も出てくるので、成功談一辺倒ではないところは好感が持てた。
一番面白かったのは「ゴールドを物差しにする」視点
株価は、円やドルで見れば右肩上がりに見える。でも、物差しになっている通貨そのものの価値が下がっているなら、その上昇の一部は「物差しが縮んだだけ」かもしれない。そこで著者は、ゴールドを物差しにして株価を測り直してみせる。
この本の中で、一番面白かったのがここだ。
ただ、読みながら一つ引っかかった。金価格そのものも、大きく上がったり下がったりする。金建てで株価を見るのは、株式のリターンを別の単位で表示し直しただけで、それが株式の本当の価値を示すというわけではない。株式には配当もある。配当を含めるかどうか、どの期間を比べるか、どの通貨でそろえるかによって、結果はかなり変わってくる。
金は分散先として役に立つ場面がある。でも、株式より常に優れているわけでもない。ゴールドで測ったら株は伸びていない、と言い切るのは、少し飛ばしすぎだと思う。
それでも、この視点を捨てる気にはなれなかった。証券口座の評価額を円で眺めて、増えた減ったと一喜一憂してきた身としては、円やドルの価値そのものが動いていることを、つい見落としてしまう。いつも使っている物差しを、たまに別の物差しに持ち替えてみる。そのこと自体に意味があるのだと思う。
「『とりあえず、オルカンかS&P500に長期積立投資しておけば大丈夫』は、思考停止に近い。」
— 宮脇さき『世界の新富裕層はなぜ「オルカン・S&P500」を買わないのか』より
思考停止とまで言われると、さすがにムッとする。でも反論しようとして、言葉に詰まった。
皮肉その1:分散しているつもりの自分
オルカンは、国や銘柄の分散ならかなりできている。でも中身は株式だけで、構成比は米国株が大きく、通貨で見ればドルの比重が高い。そこに米国株ETFや日本株を足しても、結局は「株式」という同じカゴの中で数を増やしているにすぎない。
本人は分散しているつもりでいる。でも実は、思っているほど分散されていない。
これは他人事じゃなかった。銘柄の数や地域の名前が並んでいると、それだけで安心してしまう。自分のポートフォリオも、通貨や資産クラスの切り口で見直したら、思っていたほどバラけていないかもしれない。ここは自分にとっても、本気で気をつけなければいけないところだと思う。
「分散しているつもり」と「本当に分散している」の間には、けっこうな距離がある。銘柄数ではなく、通貨・国・資産クラスで数え直してみると、その距離が見えてくる。
皮肉その2:分散を説く著者が「ドバイ一択の人」に見えること
もう一つの皮肉は、著者のほうにある。
著者の経歴を見ると、日本のほかにジョージア、トルコ、UAEにも不動産を持っているという。国単位で見れば、ちゃんと分けている人だ。本の中でも、ゴールドやビットコインまで含めた幅広い分散を説いている。
それなのに、YouTubeを見てきた側の印象は「ドバイ不動産を激オシする人」一色だ。少なくとも自分にはそう見えていた。分散投資を説く人が、世間からは一つの国の投資だけを推す人と見られている。これもまた皮肉だと思う。
そこに、ホルムズ海峡の閉鎖が重なった。湾岸地域そのものが地政学リスクの真ん中に立たされ、原油やLNGの輸送が止まり、周辺国にも攻撃が及んだと報じられた。本が説く「一つの地域に寄せるな」という理屈を、一番厳しく突きつけられたのが、著者が動画で推してきたドバイ不動産だった、という構図になってしまった。
著者を責めるつもりはない。誰にも予想できなかった出来事だし、不動産は数年、数十年のスパンで評価するものだ。ただ、あれだけ一つの国の不動産を推してきた人が、本の中では他の資産も大事だと語る。その並びには、どうしても「何を今更」という感覚が残る。
二つの皮肉は、同じ根っこから生えている
読者は、分散しているつもりで実は偏っている。著者は、分散しているのに偏っているように見える。向きは逆だけど、どちらも「中身」と「見え方」がずれているという点では同じだ。
自分の資産は、見た目より中身で確かめる。人の発信は、中身だけでなく立ち位置ごと受け取る。この本から持ち帰れる教訓は、この二つに尽きると思う。
気になった点
サブタイトルの「超レバレッジ投資」は、キャッシュフローで返済できる範囲で借入を使う、という考え方だ。無謀な話ではない。ただ、20代の著者と50代の自分とでは、ローンを組める年数も、失敗から取り戻す時間もまるで違う。同じ道具でも、使う人の残り時間で意味が変わる。ここは読み手がしっかり割り引く必要があると思う。
紹介される資産クラスも幅広い。ゴールド、ビットコイン、海外不動産、アート。全部に手を出したら、税金の計算も出口の判断も管理しきれなくなる。一つずつ、少額から。それくらいがちょうどいい。
読み終えて残ったこと
読み終えて一番残ったのは、ゴールドの話でもレバレッジの話でもなかった。
投資はニュートラルな立ち位置で臨むべきなんだ、ということ。妙にそこに納得してしまった。
発信する人には必ず立ち位置がある。不動産を扱う人は不動産を、投資信託を売る人は投資信託を推す。それ自体は悪いことじゃない。ただ、受け取る側がそれを忘れると、いつの間にか誰かの商売の文脈で自分のお金を動かしてしまう。
ニュートラルでいるというのは、「オルカン派」か「アンチ・オルカン派」か、どちらかの陣営に入ることでもない。株式を土台に置いたまま、ほかの資産を何のために、どれくらい組み合わせるのか。その問いを、誰かの推しではなく自分の目的から考える。それが、この本を一番まっとうに活かす読み方だと思う。
こんな人におすすめ
オルカンやS&P500を積み立てていて、「本当にこれだけでいいのか」と一度立ち止まってみたい人。
「自分は分散できている」と思っているけれど、通貨や資産クラスのレベルで確かめたことはない人。
著者のYouTubeを見たことがあり、動画と本の温度差を自分の目で確かめてみたい人。
分散の理屈は本で読めば分かる。でも「分けておかないと何が起きるか」は、ニュースのほうが先に教えてくれた。分散しているつもりの自分と、分散しているのにそう見えない著者。その両方を一冊で見せてくれたという意味で、妙に忘れられない本になった。

コメント