| 書名 | 数学を使わない数学の講義 |
|---|---|
| 著者 | 小室直樹(社会学者・政治学者。東大・京大・一橋・MIT・ハーバードなど複数の大学院を修了) |
| 出版社 | ワック |
| ジャンル | 教養・数学・社会科学 |
| 入手経路 | 古本屋(著者の本はほぼ古本で集めていた) |
登場する数式の数
著者が渡り歩いた大学院
信じられ続けた平行線公理
自分が読んだ回数
古本屋の棚で、ふと目に入った。
小室直樹の名前を見た瞬間、中2のころの記憶が戻ってきた。あの頃、小室直樹にどはまりしていた。新書を中心にかなりの数を読んだと思う。当時も古本で買っていた。売らずに持っていれば……と今でも後悔している。
で、この本。読んだことがない、と気づいた。それだけの理由で、思わず買った。
タイトルを見て、ちょっと笑った。「数学を使わない数学の講義」って何やねん、と。数学の本なのに数学を使わないって、どういうことだよ、と。
でもその矛盾が気になって正解だった。思いのほかズシっときた。
CORE THESIS(数学は「前提を選んで成立する体系」だった)
この本が問うているのは、数学の「正しさ」の根拠だ。
学生のころ、数学は「証明できるから正しい」科目だと思っていた。なんとなく、そう思い込んでいた。でも小室はそこに待ったをかける。
「証明には必ず前提(公理)が要る。そしてその公理は、証明できない。」
— 小室直樹『数学を使わない数学の講義』より(趣意)
あ、そうか。証明って、「前提が正しい」と仮定した上で成立するんだ。その前提自体は証明の対象じゃない。
ということは——数学の「正しさ」の根拠って、どこにあるんだ?
この問いを立てられた瞬間、数学という存在が急に「人間っぽいもの」に見えてきた。絶対的な真理の体系じゃなくて、「こういう前提を採用しましょう」という合意の上に積み上がった建物、みたいな。
本書の核心はここだ。公理を変えれば、別の「正しい」世界が生まれる。前提が絶対だと思い込んでいると、別の世界は永遠に見えない。
本書の構成マップ
章立ては大きく4つの流れになっている。
① 公理と証明:証明の前提(公理)は証明できない。数学はなぜ正しいのか、が本書のスタート地点
② 幾何学革命:「平行線は交わらない」という2,000年の前提を変えたら、別の正しい幾何学ができた
③ カントの哲学:数学の普遍性を哲学で保証しようとした試みと、その限界
④ 集合論・不完全性定理:数学の基礎を突き詰めたら矛盾が生まれ、「修復できないことが証明された」という着地
1回目に読んだとき、「面白いけど半分くらい分からなかった」という状態になった。カントが突然出てきたり、集合論の話になったりするたびに、「今どこにいるんだろう」という感覚になる。
でも2回目で「話が飛んでいるように見えて、全部つながっていた」と分かった。この構造が見えると、読み体験がまるで違う。この本は2回読む前提にした方がいい。
2,000年信じられた前提を変えたら、別の世界が生まれた
本書で一番「おお」となったのが、非ユークリッド幾何学の話だ。
「平行線は交わらない」——ユークリッドが2,000年以上前に定めた公理を、19世紀の数学者たちが「変えてみたら?」と試した。したら、矛盾のない別の幾何学ができちゃったんだ。
「2,000年間正しいとされていた前提を変えたら、新しい正しい世界が生まれた」——これを数学の歴史の話として読んでいたのに、いつの間にか「あ、これ数学だけの話じゃないな」と思い始めていた。
前提を変えると、世界が変わる。前提が絶対だと思い込んでいると、別の世界が見えない。これが本書で一番刺さった一文だった。
小室はここで話を社会科学の方向に広げていくんだけど、そこが「社会科学者が数学を語る理由」みたいで、なるほどなと思った。数学者が書いた本じゃないから逆に見えてくるものがある。
著者の「外側から眺める」目線が面白い
小室直樹は数学者じゃない。社会学者・政治学者で、東大・京大・一橋・MIT・ハーバードと複数の大学院を渡り歩いた、ちょっと規格外の知識人だ。
だからこのタイトルは「数学者が数学を分かりやすく解説した本」じゃなくて、「社会科学者が数学という知的体系を外側から眺めた本」なんだ、と読んでいて気づいた。
この「外側から」というのがポイントで、内側にいる人間には見えにくいものが、外から眺めると浮かび上がる。数学を「人間が作った論理体系」として相対化しているのが、この本の一番の読みどころだと思う。
気になった点
⚠️ 読みやすさについて正直に言う。小室直樹の文体は熱量が高くて、話があっちこっちに飛ぶ。集合論のあたりはちゃんと理解しようとすると頭がついていかない。「分からなくても面白い」という本だが、スラスラ読みたい人には向かない。前述のとおり、2回読みを覚悟した方がいい。
もう一つ。読む前は「中2のころに読んでいたら」と思っていた。でも読み終えて、これは50代の今だから刺さったのかもしれない、とも思った。学生のときの数学への疑問が、30年以上たってから別の形で戻ってきた感覚がある。
読んで残ったこと
読み終えて最初に思ったのは「損してたな」という感覚だった。学生のとき、数学を「計算の道具」としか見ていなかった。でもこの本が語る数学は、「人間の思考がどこまで論理だけで進めるか」という、もっと根本的な問いへの応答だった。
そこを教わらないまま数学を終わらせてしまったことが、なんかちょっともったいなかったなあ、と。50代になってそれに気づくのか、という話でもあるけど。
こんな人におすすめ
「数学が苦手だった」人。数式が出てこないから、数学アレルギーがある人でも手が届く。むしろそういう人こそ、読んでよかったという感想になりやすいと思う。
「前提を疑う」「ものの見方を変える」テーマに関心がある人。ビジネス書的な文脈でそういうことを読んでいる人が、哲学・数学の方向からアプローチした版、と捉えると入りやすい。
小室直樹を読んでみたい人。著作はたくさんあるけど、この本は比較的入りやすい方だと思う。「小室直樹の最初の一冊」としてもいいんじゃないかな。
中2のころに読んでいれば、とも思う。でも50代の今読んでも、「前提を疑う」という視点は十分に残った。それだけで元は取れた気がしている。


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