【書籍レビュー】『はじめての海外不動産投資』荒木杏奈著──じゃんけんで手に入れた本でも、学べることはあった

書籍レビュー

 

0円
じゃんけん勝利で入手
全4章
基礎から現地情報まで
2022年
円安加速期に出た本
10%前後
著者が示す想定利回り
書名 はじめての海外不動産投資
著者 荒木杏奈、木下勇人
出版社 クロスメディア・パブリッシング
発売日 2022年9月30日
ISBN 978-4-295-40765-0

資産運用イベントに参加したとき、ブースでじゃんけん企画があり、じゃんけんで勝つと書籍を貰えるシステムで、なんとなく参加してなんとなく勝った。手渡されたのが『はじめての海外不動産投資』だった。

著者の会社名が「アンナアドバイザーズ」であることに気づいた。著者の名前は荒木杏奈さん。社長っぽい人が席を外していたので、社員ぽい人に「なかなかパンチの利いた社名ですね、本人はともかく社員はなんか社名が言いにくいですね」と話したら、「カンボジアでは自分の名前を社名につけるのが一般的なんですよ」と教えてもらった。へえ、そうなのか。文化が違うと命名センスも違う。

そのとき少し、状況が見えてきた。荒木さんはカンボジア不動産を売っている会社の社長だ。この本は、著者が自分のビジネスに関連する商品を売るために書いた本、いわゆるポジショントーク本の可能性が高い。読む前からその可能性に気づいてしまった。さて、どう読もうか。

CORE THESIS:ポジショントークを「透かして」読む

この本は4章構成で、第1章から第4章に向かうにつれてカンボジア不動産推しの濃度が上がっていく。第4章のタイトルは「カンボジア不動産投資が最強の理由」だ。著者がカンボジア不動産を売っているのだから、「最強」と言うのは当然だと思う。これは批判ではない。著者の専門領域を「最良の選択肢」として紹介する構成は、ビジネス書ではある種の定型だ。

問題はそこではなく、読者がそれを知らずに読むかどうかにある。ポジショントークとわかったうえで読むと、この本の使い方が変わる。第1章から第3章には、著者のビジネスとは直接関係しない投資の基礎知識が相当量含まれている。インフレと資産価値の関係、円建て資産だけを持つことのリスク、プレビルドの仕組み、利回りの考え方。こうした知識はカンボジアに投資するかどうかに関わらず、海外投資を理解するうえで役立つ。

ポジショントークの本には2種類ある。「使えない本」と「透かして読めば使える本」。この本は後者だ。

本書の核心論点

論点①:「円で持ち続ける」はリスクゼロではない

第1章で著者が繰り返すのは、「インフレが進むと現金の価値が下がる」という話だ。2022年以降の日本では感覚値としてわかってはいたが、改めて文章で読むと重さが違う。銀行に預けた100万円は名目上は100万円だが、5%のインフレが続けば数年で実質価値はじわじわ削られる。急激な円安が重なれば、外貨建て資産を持つ人との資産格差は広がる一方だ。

著者はここから「だからカンボジア不動産を買え」という方向に話を展開していくのだが、その前段の「円一極集中のリスク」という論点は切り取って使える。読んだタイミングが円安の加速期と重なっていたこともあり、自分のポートフォリオを見直したくなった。50代で今さらと思う人もいるかもしれないが、残り20〜30年の運用期間はまだある。

論点②:「プレビルド」という仕組みの存在を知る

第3章では海外不動産投資特有の手法として、プレビルド(竣工前売買)が解説される。建物の開発段階で安い価格で買い、完成後の値上がりを狙う仕組みだ。日本でも分譲マンションの事前販売に近い概念はあるが、東南アジアの新興市場での価格上昇幅は桁が違うケースがある、とされている。

本書では10%前後の想定利回りが示されている。実質なのか表面なのかは読み取りにくいが、こういった数字が出てくる構造と計算の考え方を知っておくこと自体は、投資知識として価値がある。国内の株式・投信とは異なるアセットクラスが存在するという事実を認識できる。

「日本円だけで資産を持ち続けることは、それ自体がリスクを取っているということだ。」

— 本書の核心メッセージを要約

行動バイアス:なぜポジショントーク本に引き込まれるのか

じゃんけんで手に入れた本を、なんとか学びに変えようとしている自分がいた。0円なのにサンクコストを感じるのは我ながら可笑しかった。ただ、読み終えてみると、「ポジショントークをわかって読む」という経験自体が投資リテラシーの練習になっていた。

人は「専門家らしい人の話」を聞くと、批判的思考が落ちやすい。令和の虎への出演、海外不動産会社の社長という肩書き、カンボジアで実際に事業を展開しているという実績。これらが重なると「この人の言うことなら大丈夫」という気持ちが自然と生まれる。心理学でいう権威バイアスだ。「じゃんけんで手に入れた」という偶然の出会いも曲者で、手に入れてしまった以上なんとか価値を見つけようとする。

こうしたバイアスを自覚しながら読む。それだけで、同じ本から得られる情報の質が変わる。批判的読書というのは、著者を疑うのではなく、自分の認知を疑うことだ。

他書との比較:海外不動産本の中での立ち位置

  • 本書(はじめての海外不動産投資):完全初心者向け。カンボジア特化。著者がビジネス当事者のため客観性は低いが、入口の1冊としての平易さは高い。
  • 海外不動産投資の授業(大谷義武):初中級者向け。複数エリアを比較しており仕組み解説が丁寧。客観性が高く、本書の次に読む1冊として適している。
  • 世界の不動産投資(清水千弘ほか):上級者・研究者向け。学術的でデータが豊富。本書とはまったく別の世界線。
  • エミグレバイブル(西山忠範):移住検討者向け。不動産より生活視点。実体験ベースで読み物として面白い。

本書の強みは「完全初心者が読める平易さ」に尽きる。他の海外不動産本は中級者以上を前提にしているものが多く、本書ほどゼロから丁寧に書かれた本は少ない。弱みは「なぜカンボジアか」の根拠が著者の主観に依拠している点で、複数エリアの比較がないため、カンボジアが本当に最適解かどうかは判断できない構造になっている。

本書の構成マップ:章ごとの「使える度」

  • 第1章「1から学ぶ資産運用」:インフレ・円安のリスク、有形・無形資産の違いなど。普遍的な基礎知識が多く、カンボジア色は薄い。使える度★★★★☆
  • 第2章「不動産投資は『本当のお金持ち』への第一歩」:不動産という資産クラスの特性、レバレッジの考え方。説得的な文脈ではあるが基礎知識として使える。使える度★★★☆☆
  • 第3章「海外不動産投資1年目の教科書」:プレビルドの仕組み、現地視察の重要性、利回りの計算方法。著者ビジネスへの誘導が見え始めるが実務知識は得られる。使える度★★★☆☆
  • 第4章「カンボジア不動産投資が最強の理由」:ここは宣伝として読む。カンボジアの強みデータは参考にしつつ、カントリーリスクや流動性リスクは自分で補完必須。使える度★★☆☆☆

この本を読んだあとにやりがちなNGパターン

  • NG①:第4章を読んで即「カンボジア不動産を買う」と決める。著者以外の情報源を最低3つ以上調べてから判断する。1冊のポジショントーク本だけで動くのは早すぎる。
  • NG②:利回り10%という数字をそのまま信じる。表面利回りと実質利回りは別物だ。管理費・税金・空室リスク・為替変動・送金コストを差し引くと、10%が5〜6%になることはよくある。
  • NG③:「プレビルドはお得」という印象だけが残る。開発会社の信用力・竣工リスク・出口戦略がセットで検討されなければ意味がない。安さには理由がある。
  • NG④:日本語で対応してくれる業者なら安心と思う。日本語対応と法的保護は別物だ。現地の法律・取引慣行・紛争解決手段については独立した専門家に相談する必要がある。
  • NG⑤:「令和の虎に出ているから信頼できる」と判断する。知名度と投資の安全性は別物だ。信頼の根拠を「露出の多さ」に置かない。

ACTION GUIDE:今すぐできること3つ

1. 自分のポートフォリオの「通貨構成」を書き出す

第1章で得られる最大の収穫は、「円建て資産に偏っていないか」という問いを立てさせてくれることだ。現在の資産構成(現金・株式・不動産・外貨)を紙に書き出してみる。円建て資産に偏っているなら、それをひとつのリスク要因として意識しておく価値がある。カンボジアに投資するかどうかとは無関係に、この作業は意味がある。

2. カンボジア不動産の「否定的な情報」を意図的に探す

本書を読んだあとは「カンボジア面白そう」という印象が残りやすい。そこで意図的に、失敗談・リスク情報・批判的な意見を探す。検索キーワードは「カンボジア不動産 失敗」「カンボジア 外国人 不動産所有 リスク」あたりが実用的だ。肯定と否定を両方読んでから判断する。ポジショントーク本を読んだあとは特に、この手順が重要になる。

3. 海外不動産の入門書をもう1冊読む

本書は「海外不動産投資への関心を持つきっかけ」として位置づける。著者のポジションとは独立した視点で書かれた本、複数エリアを比較したものを次に読む。1冊のポジショントーク本でなく、異なる立場の著者が書いた2〜3冊を読んでから判断する。それだけで投資判断の精度はかなり上がる。

じゃんけんで手に入れた本が、「情報の発信者を見る目」を鍛えてくれた。ポジショントーク本を読む技術は一度身につくと使い回しができる。次にセミナー・YouTube・SNSで投資情報に触れるとき、「この発信者は何を売っているか」という問いを自然に立てられるようになる。それ自体が、0円のじゃんけんで手に入れた価値だと思っている。

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